スリランカへの旅(11)高所恐怖症には辛い! シーギリヤ・ロックを登るのは命がけなのだの巻

スリランカへの旅

7年の歳月をかけて作られた岩山の宮殿遺跡

スリランカ滞在も7日目を迎え、今日はいよいよシーギリヤ・ロックとダンブッラの石窟寺院を観光しつつ、キャンディへと向かいます。

遠くから見たシーギリヤ・ロック。うーん、険しそう……

ホテルからシーギリヤ・ロックまでは車で40〜50分ほどの距離。朝の9時頃に出発したので、到着したのは10時ちょっとくらい前でした。それでももうけっこうな人出。チケットを手に入れて、いざシーギリヤ・ロックに向かいます。

シーギリヤ・ロックとはなんぞや?という答えを導くために、まずはスリランカの歴史を少しひもといてみましょう。スリランカで最も古い王朝といわれるのは、紀元前4世紀〜11世紀までアヌラーダプラを首都として支配を確立したアヌラーダプラ王国です。紀元前3世紀には仏教が伝えられ、シーギリア・ロックは仏教僧の修業の場であったそう。

時代は下って5世紀後半、王国にはカーシャパとモッガラーナという2人の王子がいました。2人は異母兄弟で、兄カーシャパの母は庶民の出、一方、弟モッガラーナの母は王族の血筋を引いていました。カーシャパは自分の出自を不安に思い、父を監禁・殺害して王位を簒奪したのです。身の危険を感じたモッガラーナはインドへ亡命しました。

王位に就いたカーシャパは477年にシーギリヤへ遷都。切り立ったシーギリア・ロックの頂上に宮殿を7年かけて建造し、モッガラーナからの反撃に備えたのです。しかし、カーシャパの治世は長くは続かず、495年にはインドで態勢を立て直したモッガラーナに滅ぼされ、自害してその生涯を終えました。

モッガラーナは都を再びアヌラーダプラに遷し、シーギリアの王宮は仏教僧に寄進されたといいます。しかし、徐々に衰退し、荒廃してしまいました。再びシーギリア・ロックが日の目を見たのは、イギリス統治下の1875年のこと。双眼鏡でシーギリヤ・ロックを眺めていたイギリス人が岩肌に描かれている鮮やかな壁画(これがシーギリヤ・レディです)を発見。そこから研究や保存活動が進められ、いまに至っています。

ちなみに、世界文化遺産に登録されたのは1982年で、この年には聖地アヌラーダプラと古代都市ポロンナルワも世界文化遺産になっています。

美しいシーギリヤ・レディに、思わず泣きそう……

さて、いよいよ遺跡の内部に突入しましょう! 入口のあたりにはガイドの勧誘がありますが、私たちはとくに依頼せずに内部へ。 入ると、目の前にガーンとそびえるシーギリア・ロック。ものすごい迫力です。

こんな感じで眼前に迫ってきます

沐浴場の遺構。このあたりはまだ平地です

庭園や沐浴場の遺構などを見ながら、ロック本体に近づいていきます。岩山の石段をずんずんと登って行くと、岩の中腹へ。ここまでもけっこうな距離で、かなり疲れます。石段を登りきると、目の前に現れたのは鉄製のらせん階段。おーい、なんだよ、これ! ものすごい急勾配じゃないの! 実は私、高所恐怖症気味なんですよね……。

シーギリヤ・レディへと向かうらせん階段。
ぎしぎし言います。怖いよー

急勾配ではあるけれど、階段自体は金網で覆われているので、そこまで怖くはないかな。息も絶え絶えになりつつもなんとか登りきると、そこにはシーギリヤ・レディが!! 岩の壁面に描かれた豊満なレディはなんとも気高いお姿。もとは鮮やかな色彩だったといいますが、風雨にさらされてくすんだような今の色合いもとても素敵です。

ここまでの険しい道のりとも相まって思わず泣きそうに……。「頑張ってここまで来て良かった」と思わせてくれるものでした。残念ながら写真撮影は禁止とのことなので、その美しさをまぶたに焼き付けます。

なお、シーギリヤ・レディはもともと500人ほど描かれていたそうですが、現存しているのはたった18人とのことです。

来るんじゃなかった……とほぞをかむ頂上までの道のり

シーギリア・レディから左へ進むと、ミラー・ウォール(鏡の回廊)があります。鏡のような光沢があるためこの名があるとのことですが、そんなに輝いてたかな? 確かにつるっとした壁ではありましたが……。シーギリヤ・レディからミラー・ウォールまでの道はものすごく風が強くて、吹き飛ばされそうになりました><

ミラー・ウォールからさらに進んでいくと、広場に出ます。ここが宮殿の入り口となっていて、ライオンの前脚の一部(爪の部分)が残されています。つまり、ライオンの体内に入っていくように宮殿の内部に入るという趣向になっていたようですね。

岩の中腹にある広場には、
ライオンの足があります

この広場から上を見上げると、ひえ〜! 山肌にへばりつくように階段が張り巡らされています。これを登るの!? ものすご〜くいやな感じがします。う〜ん、登りたくないなあ……。でも、ここまで来て上に行かないのももったいないし。ということで、勇気を振り絞って登ります。

シーギリヤ・ロック

山肌に張りつく階段。
いまにも崩れ落ちそうと感じるのは、
私だけかな……

シーギリヤ・ロック

けっこう渋滞しています

進むにつれて、後悔の念がどんどん湧いてきました。階段は頼りないし、風は強くて吹き飛ばされそうだし、なにより階段から下が丸見えで、もう足がすくみます。とにかく下は見ずに、前の人のお尻だけを見てひたすら足を前に進めます。

ここに来る前に、シーギリヤ訪問に触れたいくつかのブログを読みましたが、「ツアーで来るおじいちゃんやおばあちゃんも登っていますから、大丈夫ですよ〜」なんて書いてあるのがほとんど。なので、あまり覚悟もなく来ちゃいましたが、全然大丈夫なんてもんじゃない!  うーん、健脚自慢の高齢者なら大丈夫なのかもしれませんが、運動不足の中年にはきつかったです。そして、本当に怖いです。とくに高所恐怖症や心配性の人は覚悟して来るべし!

階段が本当に簡素な作りで、安全性が確保されているのか、かなり疑問を感じました。人が鈴なりになって登っており、耐荷重はどうなってるのかなとちょっと心配に。「シーギリヤ 事故」でざっとググってみたところ、とくに事故は起きてなさそうでしたけど……。

死ぬ思いをして登った頂上にあったものは……?

やっとの思いでたどり着いた頂上には、かつて王宮があったといいますが、いまは建造物は何もありません。遺構が残されているだけです。360度の眺望が開け、風がびゅーびゅーと吹きすさびます。眺めは良かったですが、とくに柵などはないので、気を付けないと転落しそうです。

遺構の縁に立ち、写真などを撮っている人たちもたくさんいましたが、恐くないのかしら。インスタ映えを求めるあまり命を落としてしまった……なんて事件もありますから、シーギリヤ・ロックでも皆さまお気を付けを。

シーギリヤ・ロック

頂上からの眺め。風がすごかった!

頂上は風が強く、吹き飛ばされそうだし、目にゴミが入って痛いので、早々に退散することに。下りは登りほど辛くはありませんでしたが、それでもやっぱり怖かった。へっぴり腰で、手すりにしがみついて下りてきました(後ろの人には、のろくてご迷惑をお掛けしました。すみません)。

でも、ちょっと余裕ができたときに周りを見てみたら、へっぴり腰で上を目指す人がちらほら……。「わかるよ、わかるよ、その気持ち。頑張れ!」と心の中でエールを送りました。